オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見えるから学ぶこと

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イビチャ・オシムさんが日本サッカー界にプレゼントしてくれたものは計り知れない。

代表監督として、ジェフ千葉の監督として、JFA関係者としての行動もさることながら、オシムさんの場合は「言葉」を多く残している。

マスコミを通じてその「言葉」がサッカー関係者だけでなくビジネスマンから教育現場までいろいろな影響を与えた。

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選手を人間として見ているオシム

オシムさんは名将と言われ、W杯の勝利請負人として代表監督に招かれたように見える。

しかし、オシム監督就任後の扱われ方を見ると、当時の川淵チェアマンは、日本サッカーの変革者として招いたように思える。

プロとして「勝ち」にこだわることは当たり前であるが、勝つためには選手が必要であり、選手の身体的、技術的能力よりむしろ人間性を見ていたように思う。

サッカー少年

僕は小中学生のサッカーを指導していたので、選手たちをしっかり観察しよう、ひとりの成長過程の子供として観察しようと意識しました。

子供は小さな大人ではない

サッカーを始めたばかりの子供たちに、Jリーガーや日本代表選手へ向けた言葉が当てはまらない言葉がある。

それは、サッカーの経験が足りないこともあるが、人間としての経験が足りないから、とも言える。

人もボールも選手も動くサッカーを目指そうと子供たちに言ったとして、子供たちはどう受け止めるだろうか。

大人はこう思う。

疲れれば走らなくなるし、疲れていなくてもどこへどう動けばいいかわからない。そんな時、足は止まってしまう。ボールの動きも止まり、チームとしての動きも止まる。

子供はこう思うだろう。

サッカーの試合では人は動くし、ボールも動いている。もっと動けっていうことかな。

子供はどこへどう動けばいいかという悩みがあることを知らない。知っている子がいるとしても、それを解決するためにはどうすればいいかという考察までは至らない。

サッカーをする人間は、走ると疲れることを知っているし、90分間走り続けることが困難なことを知っている。

そこへ「動け」と言われても、いつ、どこへ、どう動けばいいのかわからない。

小学生や中学生に、この言葉の意味を伝える時には「考えて動くこと」「チームのために走ること」の両面を教えなければならない。

オシムさんが小学生をとりまく指導者へ与えたインパクトはその後のサッカーを変えていったように思える。

 

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